2019年02月02日

うつ病九段

将棋のプロ、先崎9段がうつ病になり、その闘病を綴った。

将棋の解説や週刊誌でのコラムの連載、時にはTVのバラエティーに出たりして陽気でおしゃべり好きなキャラクターだと思っていたのだけど、ある日突然にうつを自覚したのだという。筆者の兄は大学病院で勤務する精神科医であり、兄が主治医となって入院し加療を始める。

うつの発症にはストレスが大きく関与している。脳がストレスに対応できるように脳内で物質を産生しているのだけど、ストレスが大きく、持続している場合にはその対応が追い付かない、さらには、加齢によってストレス耐性がなくなってくるのも自分は自覚している。

うつの時、患者は外界がどのように見えているのか、また、見舞う人には患者はどのように見えるのか、本人の思いが具体的に書かれていた。刺激的な言動には拒否反応が出る。でも心の中のどこかでは関係を復活したいという部分もある。「みんなが待っています」という言葉に励まされたという。

うつが回復していく過程で、振り子のように心が動く。それはいい方向だけではなく、マイナスの感情もよみがえってくる。嫉妬心なども出る。健常な人間と比べられること、何気ない一言に傷ついたりする。でも、その波がだんだんと落ち着き平穏な日々が訪れる。

同世代である羽生9段や森内9段を、「羽生」、「森内」、と呼び捨てで起債しているとことにプライドを感じた。

個人的には(医療人として)、薬の種類や具体的な投与方法も知りたいと思った。

現在、順位戦で戦っている先崎プロの今後の活躍を願っている。

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2018年12月02日

細雪(ささめゆき)

11月は、全ての休日に用事が入ってしまいあっという間に12月に突入した。

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それでも、映画などを見る余裕はないのだけど読書は寝る前に結構時間がとれる。それで、青空文庫からキンドルに手軽に無料でダウンロードしたのが、この小説。



結構長い小説だ(上、中、下巻となっているのだけど、無料版は上巻だけで、中、下巻は他社の有料版をDLした)。

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作者の谷崎潤一郎は誰もが知っている小説家だけど、正直作品を読んだのはこれが初めてだった。戦前の小説というと、文章が難解というイメージがあったからで、実際読み始めてもなじめない表現や長い長いセンテンスに戸惑うことが多かった。文豪が書く文章には編集者もいろいろ指摘しにくかったのかなあ、などとも考えながら読み進めていったのだけど、いつのまにかどんどんはまり込んでいた。

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舞台は戦前の日本で、金銭的には恵まれた家庭に住む家族の物語。書かれた当時は現代小説だったのだろうけど、今となっては、戦前の白黒の映画を見て当時を偲ぶように、80年ほど前の過去の日本の世相がどのようなものだったかが、文章を読むといきいきと感じられた。

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本筋からは外れるのだけど、小説の中で語られた中でも印象深かったのは、戦前の人がいかに感染症に悩まされたかということだ。小説の世界だから誇張されているのだろうけど、覚えているだけでも、結核、肝炎、猩紅熱、赤痢、乳様突起炎、脱疽など、今となってはあまり聞かないような病気を含めて、戦前の人が療養や看護に悩まされた労苦が描かれている。また、それらの病気を検査診断する手段、機器なども前時代であり、医療の進歩がいかに人類に幸せをもたらしたかを思った。また交通や通信なども旧式であり、この小説に描かれた人々は金銭的には恵まれた人々なのだけど、現代ではその程度の暮らしはほとんどの人ができるのだろうし、医学的には、小説の中で出てきた病気にはなることはないだろうし、なったとしても軽い症状で済んだろう。

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肝心のストーリーだけど、一軒家に暮らす3姉妹のうち、良縁に恵まれない三女、粗放な生活を繰り広げる四女が繰り広げる人間模様が描かれている。よかったと感じたのは、何がよくて何が悪いのか、全ての人に平等にあてはまるような価値はなく、その生い立ちや生活の中で良いこと、悪いことが家庭を形作る人の中でおのずと形成されてきて、もしその平穏を波立てるようなことがあっても、時間の経過でなんとなくその波も収まってくるということが、長い小説のなかで表現されていたことだ。

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もうひとつ、戦前、結婚には仲人の紹介が当たり前で、相手の家庭を調査し、何か問題があれば破たんしてしまうこともあったようだ。そんな時代だから、いわれのない理由で幸せになれない人もいたのだろう。でも、仲人さんのお節介で幸せになれたカップルもいたのだろう。物質的に恵まれた現代で、コミュニケーションの手段もインターネットで革新されたのだけど、皆が幸せといえる時代なのかどうか、考えながら読了した。またこの作者の小説を読みたいと思った。
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2018年10月02日

手のひらの音符 藤岡陽子著



キンドルで購入。

この間読んだ本に関係するリンクから購入したためか、京都が舞台となっていた。本の中で時々出てくる場所をネットで検索して写真を見ながら読み進めていく。京都といっても長い歴史や文化に関係した場所だけでなく、一介の人々が住む団地があって、同じ間取りのたくさんの住居にいろいろな背景を持った家族が肩を寄せ合って生きている。

そんな中で子供たちの幼いころからの家族同士の付き合いが描かれている。子供たちは成長するにつれてなんとなくお互いの家族の背景を察知して、それでも仲良く暮らしていくのだけど、高校を卒業するころからいろいろな事情で離れ離れになっていく。でも、忘れられない子供のころの暮しの思い出を時代を行きつ戻りつして小説は続く。

物語の中で発達障害の兄弟や精神を患う母親など、他人には簡単に打ち明けられないような身内を持つ家族が登場する。そんな家族の事情について、そのことを級友や先生にも伝えられない気持ちとか葛藤とかは、このような長い小説を読んでいると理解できる。個人の人生の長い物語から現れた精神の症状の表れということもよく理解できた。著者は看護師さんで現在も看護師として勤務されているという

丁寧に考えられたストーリーに感動した。
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2018年09月04日

最近読んだ本

伊勢湾台風と似たルートを辿った台風21号については、自分の住んでいる地域は特に伊勢湾台風で甚大な被害を受けたので心配で、前もって仕事は午後は休みにして備えていたけど、風のゴーゴーという響きを聞きながらすごしていたらいつのまにか風も穏やかになってきた。

最近読んだ本

奇跡の脳

脳科学者である著者自身が脳動脈奇形からの脳出血により脳に重大な損傷を負う。その疾患になった瞬間からどのような症状があり、それはどのような脳の部位の損傷がその症状を来しているのかを脳科学者の視点で分かりやすく解説している。

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著者(ジル)は左脳の言語をつかさどる部分に多く損傷を受けた。そのため、字を見ても「何かの形」としてしかとらえることが出来ないし、やるべきことを順序立てて行うこともできない状態になってしまった。日頃なんとも思わない「考えること」は、「覚えること」「それを思い出すこと」「見ること、聞くこと、感じること」が脳のいろいろな神経のネットワークを通じ記憶領域フォルダーからいろいろなファイルを引っ張り出して組み合わせることから始まる。それらは主に左の脳の仕事なのだけど、その後ろには感動や気持ちよさなど現代人が生きていく上ではあまり必要でないかもしれないけど、実は重要な右脳の包容力が必要なのである。
言葉を理解できない状態になっても、右脳はしっかりしていて、応対する人の雰囲気から気持ちをくみ取り、それが支えになったという。この雰囲気(?)を、本ではエネルギーと表現していた。例えば脳梗塞後の人を介護する場合、言葉が分からないといって大きな声で耳元で「口をあけて」などの指示をすると、非常に不快な気持になることもある。脳に障害を受けた著者だからこそ、そんな患者の気持ちを理解して読者に伝えることができた。楽しんで勉強できた本でした。
















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2018年07月31日

田園発港行き自転車(上下)宮本 輝 著



キンドルで購入。本屋さんだと立ち読みで中身をチラチラ見ながら買う本を決めるのだけど、電子書籍ってなかなかそういうわけにはいかない。膨大な量の中から何を選ぶのか迷った。ただ、一度読んで面白ければ、その筆者さんの書いた違う本や類似した内容の本をソフトが勝手に選んだりしてくれ、選ばれた本が面白ければ、またその本をルートにしてソフトが次の本を選ぶ流れができるのだろう。
今回選んだこの本は、題名が面白かったのと、内容が黒部とか、自転車とかいう自分の興味のあるものだったからだ。



最初は全然関係がないと思われていた人々が、ある過去の出来事を通じて、彼ら、彼女らの構成する家族や仕事のつながりを通じて、東京と黒部と京都の3つの場所を行き来し、次第に満潮、干潮でできる渦が中心に巻かれていくように混ざり合っていく様に読んでいる自分も引き込まれていった。

1人称が章ごとに違っていることがあるので、とっつきにくいのだけど、小説にこんな手法もあるのだと思った。新聞に連載されたものという。連載された小説は、筆者の思いと、編集者との打ち合わせや紙面の限られた枚数の都合で間延びしたものになるのだろうか。小説の書かれる背景にも思いを馳せた。

この小説に描写された富山から黒部の平野に輝く緑の田園地帯を見たくなってストリートビューを何回も見て、実際に現地に旅行してたのだけど、そんな気持ちにさせるのも小説家の腕によるものなんだろうな。
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2018年06月28日

騎士団長殺し

騎士団長殺しっていう名前で連想する内容とは大きく違った小説だった。
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映画でもそうだけど、レビューの評判などを参考にして読んだり見たりするのはよくないと思っている。とはいえ、作家名や作品名には、どうしても「あの人の作品だから・・」という期待を持ってしまう。村上春樹氏くらいのブッグネームになればなおさらで、そんな中でも定期的に長編の小説を読み切りで書いているのは超人的だ。

○騎士団長という題からヨーロッパの中世の物語かと思ったのだけど、そうではなかった。
○村上春樹さんの独特の文体の角がとれていた。読みやすくなったともいえるし、味わいが薄くなった感じもする。
○世界観が前の作品「1Q84」に通じるところがある。これって村上さんも年とともに親の介護とか子どもの成人のこととかで市井の人々と同じように苦労していて、それを文学的に表現したんだなあと思った。
○主人公は画家で、自分の書きたい絵とは別に生活のために肖像画を描いて糧にしている。でも、自分の本当に書きたいと思った絵も、結局完成に近い「未完成」の状態で放置している。「絵」を「小説」にしたら、そのまま村上さんの作品に通じると思った。

感想を起承転結で書くのもこの作品では難しいけど、読みごたえのあるいい作品です。
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2018年02月25日

竜馬がゆく

2月も後半になった。実は誕生日を過ぎて還暦となってしまった。

この機会に、ということではないのだけど、若い時に読んだ「竜馬をゆく」を20年ほどぶりに、半年ほどかけて(寝る前に)読んで、ようやく読了した。人生で3回目となる。最初は高校時代、2回目は30代後半だった。
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その度に感動はあったので、今回もきっと司馬さんの世界の中に入り込んで一気に読み終えてしまうだろうと思ったのだけど、60歳の年を経て、どうも小説の世界観に入り込めない。
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江戸から明治にいたる日本の歴史がどのように作られていったのかを調べるには、登場した人物の手紙の往還や、実際にその場にいた人からの伝聞によるものをまとめていく作業が大変だっただろう。また現地に直接赴いてその風土を感じるようなことも多かったようだ。
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こうして、司馬さん独自の竜馬に対する人物像や時代観が形作られていったのだろう。この小説を執筆し始めた時の司馬さんの年齢は40才にもなっていない若さだ。以前読んだ時には感じなかった、よい意味でも、悪い意味でも、「ものの見方の若さ」を、3度目に読む年取った自分には感じるので小説に今ひとつ入り込めなかったのだろうか。
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最近、孫が生まれ、おじいさんになったためか何なのか、この小説を3回読んだ自分自身が、その度にそれを節目として、自分の生涯の歴史の変わり目を感じる。最初は大学への入学、2回目は子ども、3回目は孫。。
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とはいえ、まだ老け込むわけにはいかない。還暦祝いでもらった「赤いウィンドブレーカー」を着てまた走りだそうか。

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2017年12月03日

永い言い訳

永い言い訳 西川美和

この間の出張の時に子供に乗り物の中で読むいい本を聞いたら、これを持ってきてくれた。今40代の映画監督の作品だ、これを書いた時にはもっと若かっただろう。

自分は本を読むことが趣味というわけでもなく、たくさん読むこともないのだけど、読みやすくて、読むうちに作家の物語に対する意気込みが感じられた。でも、それが、ときに作家の物語の裏に潜む「気持ち」を考えさせて物語に没入できなくなることもあった。読み終えた後で調べたら、映画監督の作品ということで、通常の物語の書き方とは違うイメージを持ったのだろう。

事故で妻を亡くした2組の夫がそれぞれの立場で妻を思う。片側の夫は主人公であり小説家、ということで、この西川さんという作家(監督)自体の周囲を取り囲む人々や環境について、彼女自身が日頃感じていることを小説の中に投影しているのだと感じた。

人生の波乱万丈を自分ならこんな風に描きたい、他人の見方とはだいぶ違うけど、こういう書き方もあるんだよ、というような気持ちを感じた。映画にしたら面白いだろうな、と思ったら、すでにこの作家自身が監督で映画化されていた。映画化前提で書かれたのだろう。
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2017年01月04日

心が折れる職場

心が折れる職場 見波利幸著

年末〜正月はこれといった用事もなく、家族で泊りの旅行にも行かず過ごした。子供も20歳を超えると、それぞれ個人的な付き合いやバイトがあり、家族での行動が難しくなってくる。子供は、こうして家族という「巣」から巣立っていくのだと思う。親は親で何もやることがないわけではないので、この時期が過ぎればそれぞれ独立した家族としての付き合いが始まるのだろう、ということだ。そんなことで、時間があったので、走ったり、ドライブしたり、時には読書もして過ごした。この本もそんなときに読んだ。

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個人経営者である自分も、小さい形ながら、数人の雇用者はいるし、また同業者の組合のような組織があって、その中で10人以上の雇用をしているので、その中で、時にメンタル的な面でのフォローが必要になってくることがあった。また、自分自身も人間関係の中でメンタル的に不調になる可能性こともあるので、読んでおこうかなと思った次第だ。
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この本の最初の部分で、「自発的な飲み会のない職場で、メンタル不調が多発するわけ」というセクションがあった。「自発的な」が重要で、上司とのお付き合いで飲みに行くのではなくて、「今度の週末にみんなで飲みにいこう」という感覚で自然に「飲み会」を開催しているような職場にはメンタル不調者が少ないということだ。そんな飲み会で、酒を酌み交わして雑談をすることで、日頃の人間関係や仕事の困難が解決することも多いし、たとえ解決に結びつかなくても、悩み(愚痴)を気軽に聞いてくれる雰囲気のある人間関係は職場にとって重要だということだろう。
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ただ、これは、飲み会の機会数とメンタル不調者の数、という相関関係を示したということで、いわゆる、相関関係からの推論であり、実際の因果関係を示したことではない。後段では、上司と部下の関係性について、個別に、いろいろなケースからどういう風にメンタル面でのフォローをしていくかということが具体的に記載されていて、この部分は有用な書だろうと感じた。
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印象的だったのは、メンタル不調を訴える者に対し、原因を論理的に分析して、冷たい態度で改善点を挙げて、それが実行されなければそれは依頼者の責任である、というような態度は、ことの解決にならないということで、そんな中途半端なアドバイスは、かえって職場の雰囲気を悪くしたり、休職者の復帰にいい影響を与えないという意見だ。
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たしかにそうだろう。これは、自分の職業でもいえる、クライアントの気持ちを充分に考えて、論理的だけでなく、職場や家族関係まで考えて治療をすることは大切なことだと思った。
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後半で、メンタル面について、脳科学的な部分からの解説があったけど(セロトニン仮説?)、これは少々断定的に書かれすぎていて、読者への説得によい方法と思って著者は書いたのだろうけど、科学的な証拠(エビデンス)の質の低いものの紹介があったのは残念だった。

2017年はまだ自分の人生には道半ばだ。人生の後半戦はまだ続く。。
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2016年11月27日

1Q84

2009年に刊行された村上春樹の長編書き下ろし作を読んだ。実は、読んだのはこれが2回目(と言っても最初は2巻までで、3巻はその後に発売されたもの)。
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この大作の感想を書くということは、どうなんだろう、それは何というか、例えば、エッシャーのだまし絵を言葉で説明するようなもので、自分には不可能に近いな。
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根本には、前に読んだ、「スプートニクの恋人」とか「国境の南、太陽の西」にも流れている思春期前(小学生のころ)の男女間にある、肉体的(性的)なものでもなく、また同性間の友情でもない純粋な愛を描くということがある。
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それに、この小説が書かれる前(95年)に、神戸の大地震と、オウム真理教の事件、また米国では911やその後の中東の戦争があって、その時期に小説家として何ができるのかを考えて、彼なりの答えを小説に織り込んだのではないかと思った。
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小説は、青豆と天吾という2人の主人公についてそれぞれの章を交互に書かれ、いつからかその2人のつながりが章をまたいで密になっていく。やがてもう一人の登場人物(牛河)も章を作るのだけど、それが決定的な事件のカギ握っていくというものだ。面白い書き方だった。
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村上氏の長編小説は、書き下ろしが多いのだけど、どこかで読んだところでは、彼の生活は、朝に執筆をして、その前か後に10kmほどのジョギングや水泳をするという単調なリズムをえんえんと続けるといったものだった。そういうスタイルが、このような長い長い不思議なストーリーの小説を書くのには適していたのだろう。
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毎日おいしいものを食べ、飲み歩きしている有名作家とは生活の要素が違うから
中身も違ってくると思う。
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小説ではそれぞれの主人公の生い立ちや環境をこまごまと説明して描写してそれがどのように今の人生に影響しているのかをいろいろな角度から立体的に現実的に描写している。また、いろいろな逸話や何気ない言葉も印象に残った。
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例えば、前半にlunaticと、insaneの違いはわかる?というようなことを誰かに小説の中で言わせていた。どちらも、ばかげた、狂気のというような意味なんだけどlunaticは一時的なものでinsaneは永久的なもので、なぜかというと、lunaticは月(luna)で、形を変えるからというようなことだった。
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そんなことからか、月がまた小説の中で大きな意味を持ってくる。そして、滑り台も。。
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2人の主人公がが出会ったのは小学校4年のころだった。10歳のころ、小学校4年生のころの自分はどうだったろう。思い出してみた。女子と遊ぶようなことはなかったけど、話をしてうれしかったことは確かで、それは、もちろん今でもそうだ(笑)。
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多くの人は、その後思春期を過ぎて、いろいろなことを経験して、「それぞれに生活に疲れ、人生に飽き、希望は色褪せ、野心は置き忘れられ、感性は磨り減り、あとの空白に諦めと無感覚をもつ・・」
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でも2人は違った。一生を通じてその相手にその気持ちを持ち続けることはあるのだろうか。
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「論理が力を持たない場所に足を踏み入れ厳しい試練をくぐりぬけて互いを見つけ出し、そこを抜けだした。」
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きっと村上氏もそんな二人に愛着をすごく感じていたのだろう、最後の10ページは、その二人に思いっきりサービスしている。素直にうれしくなった。

ところで、今レビューを見たら性描写が卑猥すぎるというような投稿が多数あった。そうか、そうかもしれないけど、自分が読む分にはなんでもなかった。それを超越する世界観があると感じた。子供にはどうかと思うけど、まずは大人が読んで、判断すればいいのだろうな。ちなみに、この本は、大学1年の息子も感動したそうだ(笑)。
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2016年10月16日

国境の南、太陽の西

この間読んだ、「スプートニクの恋人」と似た感じの内容だった。村上さんの心の中の女性観が出ているのだろう。書かれた時期的にはどうなんだろうか、調べようとも思わないのだけど。
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思春期に異性との関係に目覚めるのは第二次性徴の速さからいって女性の方が早いのだろう。そのころにクラスで目立つ女の子になんとなく好意をいだき、一緒にいたいという夢を持つのはごく自然なことだ。
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そんなまだまだ幼い時期のいわゆる初恋の思い出を大人になっても心の奥に持ち続ける主人公。
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結婚しても時に押し寄せるそんな思いを抱いたまま、突然その初恋のヒトが目の前にあらわれたらどうなるのだろう。でも、はたから見れば、それは、「浮気」という下卑た言葉に置き換わるのだろう。
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不倫は文化っていう人もいたけど、確かに村上さんに書かれると、これも文化だなあという気持ちになる。
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浮気を妻に問い詰められて、主人公は、こう答える。「遊びというようなものじゃない。でもそれは君が考えているようなものとは少し違うんだ」。。
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長い人生の中で、男女が出会い、付き合い始めて、結婚して、子供が生まれ、育てて仕事をして暮らしていく。でも、本当の自分はそうじゃないという気持ちは誰もが持っているのかもしれない。それは小説を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたり、アニメを見たり、あるいは、初恋の人に偶然出会ったりしたときにも思うこともあるのだろう。
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そんな心の葛藤を文学的にうまく表現してあるっていう作品といえるだろうな。この小説も子供Bに文庫本を借りて読んだ。小説の始まりの10代〜20代の主人公と後半の主人公が、今の子供Bと自分を照らし合わせているようで、妙な気持になって読み終わった。
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2016年10月08日

スプートニクの恋人

この間、仕事で関東方面に泊りで行くことがあり、新幹線の車内での暇つぶしにいい本はないかと、子供Bに聞いたところ、この本を紹介された。
実は、この本は7,8年前に図書館で借りて読んだことがあったのだけど、その時には子供Bは小学校だったと思う。それが、7,8年たって、こんな大人の本(小説)を、2階の自分の部屋から持ってきて、「手軽に読んで面白いなら、この辺りだなあ・・」と、セロファンのカバーで汚れないように大切にしているものを貸してくれたのだ。
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久しぶりの村上春樹の小説だけど、あいかわらず面白くて、味わって読み進めた。
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村上さんの小説の文章の段落ごとの味わいは、音楽、特にジャズでの一音一音が連なるフレーズの面白さと同じ感覚だ。そして、物語の展開では、主人公が誰かもわからないところから始まり、その後だんだんと物語の筋道が見えてくるというのは、ジャズの即興演奏で、終わりも考えずに演奏を始めたプロがお互いに掛け合いをしながら盛り上げてやがて終局に持っていくような感覚に似ていると思った。
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そんな小説にある「性的」な描写からは、動物が本来もっている子孫繁栄のための行為とは別に、ヒトの世界には、男女を問わず、同性間においても言葉による気持ちのつながり合い、交わり合いによる「性的」な関係のような悦びを感じるだろうということを小説の長い長い文章の中から現実的なものとして浮かび上がらせようとしていた。
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それにしても、20歳の大学生の子供Bがどれくらいの気持ちでこの本を読んでいたのかは知ることもないのだけど、今度酒でも酌み交わしながら話をしてみようかなあ、と思った。
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2015年07月08日

官僚たちの夏


あるブログで紹介されていて、アマゾンからキンドルで購入して読んでみた。こんな風にネット経由でキンドルで購入というパターンが最近増えている。音楽も気に入った曲の歌手や題名、歌詞の一部からネット検索→ダウンロードというパターンでスマホに入れてしまうことがちょくちょくある。小売店のヒトに申し訳ない。

さて、この小説のことだけど、昭和30年代の省庁に勤務する高級官僚達の仕事ぶりが、まざまざと描かれている。志を高く持って官僚になり、ボロボロになるまで働くキャリアの人々だけど、次官になるのはその中でも限られた人材で、実力はもちろん、人脈や運にも左右される。

また、その省のトップである大臣、さらにその上の総理大臣との関係性にも触れられていて、作者ならではの現実に沿った描かれ方はさすがだった。

その中で、大臣に仕える秘書官の仕事は、「無定量・無制限に働け」ということだ、と書いてあった。また、ある官僚は、大事な法律の作成のため、夜昼なく働き、親の死に目にも会えなかったという。

こんなエピソードが繰り返されて、日本の繁栄がもたらされたということだろう。自分の仕事に省みれば、大学卒業後は、研修のために、2年ほどは、盆暮れなく働いたものだけど、30代になって落ち着いてきた。

それぞれの分野でも組織を維持して大きくする、または新しいものを取り入れるのに、人と人との関係がまず第一であり、人事を考えることが重要なのだ。でも、現実には主人公の思ったようにはならない。

これは、組織の中での自分にも関係するような小説なので、そのまま仕事をしているような気分になり、気休めにはならなかったなあ。。
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2012年11月02日

なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか

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311と言えば東北地方太平洋沖地震を示すのだけど、その地震による津波をまともに被った福島第一原発は、全電源喪失という考えられないような事態を起こして、3月12日、14日に水素爆発を起こし、また、ベント措置などにより、放射性物質が大量に飛散した。

その原発から数キロという距離に存在した「双葉病院」は、老人が多く入院しており、点滴などで生きながらえている重症患者も多かったという(ICUも備えた病院だ)。そんな病院を震度6強の揺れが襲う。そのあとに、原発が暴走をはじめ爆発をするのだけど、その振動が伝わってくる距離だったのだ。

そんな中で、病院の院長以下のスタッフ(といっても、何十人もいたスタッフ自体が家に損害をこうむり、院長が帰宅を許したために病院には数人しか残らなかった)が何百人もの入院患者をいかに避難させようとしたかという記録だ。

・・後に自衛隊が救出に当たったときに病院のスタッフが誰一人として残っていなかったという報道がされた病院なのだ。実際はどうだったのだろう。福島県の救援本部、自衛隊、警察の連絡がうまく機能していなかったために、院長が他の場所で合流を待っていたのに行き違いがあったということだ。

救援にいたるまでの経過を原発の状況と時系列で、考えると、水素爆発をおこす度に広がる避難区域に、自衛隊も対策に追われていたのだと思う。

この大災害は、この本で紹介されたような高齢の犠牲者が他の地域でも出たのだろう。大地震そのものとそのあとに続く火災などの2次災害は、震度や被災地域の大きさにより、二次関数的に大きくなると思われる。

自衛隊が最善を尽くしてもうまくいかなかったのは、地震の規模によるものか、あるいは情報伝達、統制の不備によるものなのか、今後十分に検討をおこない、次にくる大災害に備えないといけないだろう。
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2012年07月11日

下山の思想

題名で買ってしまった本。

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下山の思想 五木寛之著

ヒトや国家の栄枯盛衰を登山に例えて

急坂を登り、重い荷物を背おって頂上をめざすとき、人は周囲を見回す余裕はない。必死で山頂をめざすことに没頭しているからだ。
・・・・
下山する、ということは、決して登ることにくらべて価値のないことではない。一国の歴史も、時代もそうだ。文化は下山の時代にこそ成熟するとはいえないだろうか。
私たちの時代は、すでに下山にさしかかっている。そのことをマイナスと受け取る必要はない。実りのある下山の時代を、見事に終えてこそ、新しい登山へのチャレンジもあるのだ。


という文に象徴的に書いてあった。

五木さん自身も、現在そういう心境にあるのだろう。この本が書かれたのは、昨年のことみたいだ。震災の直後の日本の状況も作者の目を通して語られている。ボロボロ日本、行く先はどうなることやら。

でも、下り坂の過程にこそ、周りの景色も楽しめる、次の登山を余裕を持って考えることもできる。という発想がこの本の背骨になっている。いささか散文的なところもあるけど、そこここにきらっと光る文が盛り込まれている。

そんな文を楽しみながら気楽に読ませていただきました。
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2011年07月28日

ドナルド・キーン自伝

90歳を迎える直前に米国から日本に永住を決めたドナルド・キーンさんの自伝を読んだ。

なぜ難解で複雑と言われる日本語を学ぼうとしたのか?・・彼は、幼い頃の記憶から、ヨーロッパを父と旅行した時のエピソードで、フランス人の女の子とお互い言葉がわからないのに、ひとつだけ知っていたフランス語の歌を歌うことで理解しあえるようになり、そんなことから外国語に強く惹きつけられてしまった、それが遠因で日本語にも興味を持つようになった・・ということだ。

その後、ニューヨークでの大学生活で、中国人学生と仲良くなるが、だんだんと中国と敵対していた日本の文学に傾倒するようになり、気まずい気持ちになったとのことだ。難しい言語と言えば中国語も難解だと思うのだけど、どうも日本の源氏物語などが彼のお気に入りだったようだ。

彼は、もともと優秀な人で、その才能を何に使うのか悩んだ時期があったと思う。つまり、目の前に登りたくなるような魅力的な知識や研究課題の山がたくさんあったと考えるとする。

その中で、日本という山を選んだ。他に中国、インド、フランスなどいくらでも登りたい山はあったろうに。・・・日本を選んだその理由は何だったのだろう。

大学卒業後戦争になり、彼は通訳として軍に服するようになる。終戦後、中国大陸から飛行機で日本に渡ったときに、中国の荒涼とした緑のない景色から、緑にあふれた日本を見て感動したという。

また、日本で進駐軍の一員として、日光を訪れたときに自然の中で古びた東照宮周辺の景色が醸し出す雰囲気に感動し、その後日本の神社仏閣に興味を持ったとのことだ(ただ現在では、東照宮の華美な装飾は好まないと言う)。

こんなエピソードから、文学研究を究めるという学者としての仕事とは別に、日本の自然、ヒトに魅力を覚えてそれがさらなる研究心を掻き立てるといういいサイクルになったのだろうと思う。

昭和30〜40年代の有名人との交流の話も面白い、特に三島由紀夫とは親友だったみたいだ(大江健三郎とは疎遠になったというけど、三島さんと仲良ければねえ・・その理由はなんとなくわかるなあ)。

この本を読んでから、

司馬遼太郎との対談 「日本人と日本文化」という本も読んだ。

司馬遼太郎とキーン氏はほぼ同じ年代人で、話も合うのだろうと思うけど、やはり、日本人と西洋人との発想の違いというものが、日本文化研究を極めた氏にも感じられた。

また、彼は、やはり究極のものを求めているので、大衆的な司馬さんとは少し毛色が違ったのではないか・・などとも考えた。
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2011年03月03日

菜の花の沖

菜の花の沖(司馬遼太郎)をようやく読み終えた。

坂の上の雲とか、国盗り物語とか、夢中になって読んだものだけど、この本は読むのが辛かった・・正直読むのに根気がいる。全6巻なんだけど、中の3巻は不用なんじゃあないかなあ。小説と言うよりも、随筆集のようだ。まあ、そう思ってみれば面白いのかもしれないのだけど。

だから、この本は、物語として読むというよりは、日本とロシアが北方4島に対して、どのような立場で境界線を築いていったかという歴史的な背景が、詳しく述べられた歴史書のようなものだと思って読んでいった。

所々に、筆者の歴史や世界観が述べられていて興味深い・

国家と国家が緊張関係にあるとき、おろかしい物理作用がくりかえされる。人類に備わった人間的な知恵は、ここではほとんど役に立たない。


ヨーロッパ人は、そこが「無主」の地であると知れば、道で物を拾うように「領土」にしてしまう。


確かにそうだと思う。

近代の国家関係においては、一度緊張関係が生まれれば、憎悪の連鎖が生まれ、それを解いていくのは困難なものだろう。それは、近年の朝鮮半島情勢などを考えればよく理解できる。

江戸時代後期を描いたこの小説では、日露国家間の緊張について描かれているのだけど。この2国間で生まれた緊張状態を日本(江戸?)政府に頼らず(というか、必要に迫られて)解いていったのは、主人公の民間人高田屋嘉平と、ロシアの船長のリコルドの友情だった。

最近あれこれ小さな衝突を繰り返し、こじれているアジアにおける日本の立場も、国際的な決まりごと(法律)を盾にとって相手をねじふせるように攻撃するのではなく、人間対人間の関係を築いていって何とかして小さい糸口から解決の手段を発見するというのもいい方法なのではないかと思った(猪木さん、案外いい仕事しているかも。森元総理も人間関係を重視していたらしい)


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2010年01月19日

話題の小説を読んだ

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1Q84 村上春樹 著

話題の本。そろそろ中古本も出回り始め、1巻を950円で購入。年末〜正月にかけてじっくりと村上ワールドに浸っていた。

独特な語り口の一文一文を味わい、小さな波の積み重ねで海の広さを知る、というようなストーリー展開に夢中になっていた。

この小説もだけど、村上小説では、語られるいろんな抽象的な事をいちいち、これは、〜を意味している、という風に考えないほうがいいと思う。作者もそこまで真剣に考えていないかもしれない(怒られそう)。

ただ、2巻の後半から急に文章が練られていないような感じになって(つまり、波が面白くなくなった)、それまでと比べ、す〜っというような展開で終末になってしまった。

内容としては、80年代から90年代に起きた新興宗教がらみの事件に対し、小説家としてどのようなスタンスで向き合うのか・・という姿勢や配慮が伺え、村上小説の中でそれを消化するという苦悩が感じられた。

村上氏の今までの小説では、小説を書いているうちに主人公が人格を持って、村上氏がその主人公の手助けをして、勝手にストーリーを描いていく、というような事を言っていたのだけど、今回のこの小説では、現代の事件がらみのためか、村上氏がストーリーの展開を最初から考えていた部分と、書いていて出てきた矛盾とがあって、そこをどうしようか・・などと考えていて、結局ああいう結論になってしまったのだろうかなあ。

続編が出来るかというのは楽しみだけど、できれば2巻の後半は練り直してほしかったなあ。
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2009年12月09日

30年の重み2

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聖の青春 大崎善生 著

小野田少尉はジャングルの中で30年間軍人として戦い、「生きる」意味を真剣に考えた。戦前、人々は「命を惜しむな」と教えられ、死を覚悟して生きた。戦後、日本人は「命を惜しまなければならない」時代になった。何かを命がけでやることを否定しまった。・・日本人は「生きる」ことをおろそかにしてしまってはいないだろうか。・・

と結んでいる。

小野田さん、心配はいりません。この青年の生き様を見てください。

彼は、将棋の世界というある種ジャングル以上の密林の中で、腎不全、ガンというハンディを背負いながら、あるときは敵になり、あるときは親身になって面倒を見てくれる将棋世界をとりまく人々に助けられながら、30年に満たない生涯を全うした。

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今の日本は、確かにカネがものをいい、弱者は切り捨てられる。でも、そんな片隅に、懸命に生きようとしている人々もいるのだ。

小児期の大半を、腎臓病のため入院生活で送り、その時に偶然出合った将棋にのめりこみ、広島から大阪の将棋の師匠の森信雄棋士の元でプロになるための生活を送る。弟子生活だ。

やがて、プロ入りし、上京して一人前の棋士としての生活を送るのだけど、彼には持病があり、成功者としての当たり前の生活を送ることができない。そのもどかしさがわかり、泣けてくる。

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将棋のNHK杯は毎週録画して見ているのだけど、彼の解説も見たことがある。もう10年も前だろうか。

朴訥とした喋りがまだ記憶に残っている。

彼のような生き方を許す日本の社会、日本人の優しさが尊重されなければいけない。これは、戦前、戦後に関係なく、日本の美徳として残さないといけないと思う。


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2009年12月07日

30年の重み

68年前の12月8日に日本は真珠湾の奇襲をおこなったが、それ以前から中国では戦線が拡大していた。戦争を通して反省しないといけないことは山とある。現地で何があったのかは、一つの資料だけでなく多方面からの見地でエビデンスと信じるに足るものを発見しないといけないだろうなあ。

で、こんな本を読んだ。

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たった一人の30年戦争 小野田寛郎 著

著者は敗戦後もフィリピンの「ルバング島」で、日本の敗戦を信じずに現地で30年間「残置諜者」として作戦を遂行した有名な方だ。

戦後、ルバング島捜索のため、日本政府からの使節団も度々訪れるのだけど、「これは戦後米カイライ政権の陰謀だ」と考え、投降しなかったという。

戦前の軍のシステムはよくわからないのだが、彼は、スパイ養成学校である陸軍中野学校の出身であり、まさに日本のランボーのようにジャングルで戦ったわけだ。

ジャングルの中でつねに周囲に敵の存在を意識して生きていると、嗅覚も聴覚も人間の五感といわれるものが、鋭利な刃物のように研ぎ澄まされていた・・風上に牛が近づけば、おおよその距離や頭数を予測できたし、木の葉の擦れる音で、生き物か風か感じ分けることができた。・・

日本からの放浪の旅人に発見されて、彼が元上官の「任務解除」の命令を伝えられるように手配して、その後、現地で直に命令を伝授して、任務解除・・彼の戦争は終わったのだった。

ジャングルで、旧日本軍の残党に出会い、放浪人はよほどびっくりしたんだろう。その場で敬礼したという。それは、恐怖もあったのだろうけど、尊敬の念も混じっていたのだと思う。自分も小野田さんをすごいと思う。

ただ、戦後30年間、色々な情報(現地でラジオも調達していた)を知りながら、日本の敗戦を信じなかったのは、仕官としてのプライドもあったのか、とも思う。

帰国後、日本の繁栄を知って「これでよかった」と思うのだけど、埋めがたい精神的な断絶を痛感することもあったという。

30年間のジャングル生活からみると、文明の発達した日本に住む人々は堕落しているように見えたのだろう。でも、そんな日本の社会にも実はジャングルよりも恐ろしい一面があり、それに対する免疫がなかったのだろう。

彼は、現在ブラジルに移住している。

30年の重みを考える本でした。

でも30年間病気に蝕まれても偉業をなしとげようとしたヒトもいるのだ。

次項で・・
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2009年10月29日

小説「不毛地帯」に感じる違和感

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不毛地帯 山崎豊子著

現在TV化されて話題になっているこの長編小説の3巻を今読んでいるのだけど、内容になにか違和感を感じる。

主人公の壱岐氏が、陸軍の高級将校として終戦後シベリアで11年間も抑留されていた事、帰国後某大手商事会社に社長の一存で雇われるが、その時に、軍でのエリートとしての経歴は使わないと約束していたのに、なんとなくその軍閥を利用して会社内で出世していくこと、などが「善」として描かれているからだろうか。

どうもそうでもないような気がする。文章のあちこちに出てくる著者の史観(?)とでもいう部分に違和感を感じるのだろうと思う。

というのは、昨日NHKで司馬遼太郎の「昭和への道」という談義を放映していたのだけど、これを見て自分が司馬氏の「史観」に同意することが多く、著者の山崎氏の「史観」との違いが浮き出てきたからなのだ。

中国であったことはいろんな人がいろんなことを言っていて何が本当かわからないのだけど、著者が主人公として選んだ「壱岐氏」のような軍の高級参謀という立場とは違い、司馬氏は中国戦線では一介の戦車兵だったということからも、その史観の違いがでてくるのだろう。

で、昨日のTV内容が入ったと思われる本もアマゾンで購入した。

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「昭和」という国家 司馬遼太郎 著

違和感を感じつつも今は「不毛地帯」を続けて読んで、自分の中で消化していきたいと思っている。
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2009年09月29日

釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談

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釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談

近所のブックオフが閉店するとの事で、それなら表示価格より安くなるかと思い、適当に本を選んでレジに並んだ。

が、・・閉店セールの対象ではなかったみたいで、表示価格(500円)のまま購入になって少しがっかり。

で、その時買った本が これ。

釣りも、趣味が高じると、断崖絶壁によじのぼったり、深い山中に分け入り源流を探したり、嵐の中舟を出したりして危険な目にあうことも多いようだ。

この本には、釣りにまつわること、というより、登山やキャンプなど、アウトドアを趣味にしているヒトが読むといいと思う。

山道で仲間のヘッドライトがどんどん消えていっても星明りで目的地に到達、とか、断崖絶壁から転落、とか、雪渓崩壊・・とか・・

その経験から何年もたって、もう笑い話になるような話が多いのだけど、自然には、危険はどんな場面にも潜んでいる、ということを強く思った。
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2009年08月24日

死にゆく妻との旅路

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死にゆく妻との旅路 清水久典 著

これは実際に著者が体験した話。

地方都市の零細企業の社長さんだった著者は、バブル経済のあおりを受けて会社が倒産寸前の状態になる、ちょうどその時期に妻が悪性の腫瘍を患ってしまい入院し手術を受けたが再発も時間の問題と医者に言われた。

妻の再入院のためのお金も無く、会社の再建も見通しが立たない。著者はワゴン車で妻と2人で逃げるように旅に出た。

2人で職を探しながら日本中を旅し、車中泊での生活が続く。日々妻は弱っていくのだけど、それを認めることができない著者。

最後には妻は死んでしまうのだけど、その瞬間まで車で一緒に過ごしていたという。

その後、郷里に遺体を乗せて戻った後に著者は警察に逮捕されてしまう。容疑は「保護者遺棄致死」。

死にそうになった身内をそのまま医者にも見せずにほっておくと罪になるのだ。

世の中、困った状況のときは、どのようにするか、というようなマニュアルや法律、慣習のようなものがあふれていて、どんな状況でもそれを用いればだいたいうまくいくものだ。

例えば、病人が出れば入院し、重い病気なら最期はそのまま病院で、会社が倒産しそうになれば破産手続き・・というようなコースだ。

でも心が弱くてそんなコースを選択できないこともあるし、いろいろな事情で逃げざるを得ないこともある。

病院という誰もが認めるような施設で看取りをされるのが今は一般的ではあるのだろうけど、死というものはかつては肉親、家族が「どうしよう、どうしよう」と悩みながら、それでもなんともならずにやってくるものではなかったのかと思う。

そんな中から宗教や長老を敬うといった考えが生まれてきたのではないか。

人生の最期をどのように過ごすか。いろいろと考えさせられる本でした。
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2009年07月17日

聖職の碑 新田次郎

剣岳・点の記を読んで、自然描写などに新田らしいところが少ないと少しがっかりした。そこで、以前読んだ「聖職の碑」を読み返してみた。

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聖職の碑 新田次郎著

駒ケ岳に修学旅行として集団登山をした中箕輪尋常高等学校の生徒と引率者35名中の11名が突然襲った嵐により山上で尊い命を奪われた山岳遭難事故を描いた小説だ。

大正時代に3,000m級の山に登るのは覚悟がいっただろう。小説中に描かれている子供達の登山装備一つとっても、現代からは考えられないくらい機能性がなく重いものだ。また、登山前の情報収集も十分には出来ないし、山小屋も少なかった(この遭難の時には、あるはずの小屋が倒壊していたと言う)。

教育の一環としてそんな危険な山に子供達を連れ出すということは、「もしも」の事態を考えればやらないほうがいいに決まっている。

しかし、赤羽校長は、自らそういう<事なかれ主義の教育>に、あるいは当時流行りだしていた、白樺派といわれる<理想主義>の教育に、「体験こそ人間を作るものだ。修学旅行という実践教育を、登山に求めようとするのは極めて自然なことである」と、学校の西に大きくそびえ立つ木曽駒ケ岳に登山をすることを決行するのだ。

登山口で、生徒は白髪の老人に声をかけられ、嵐が近いと言われる。実際にその老人が存在したかどうかは不明なのだが、嵐の山で子供達は、その老人の幻覚を見る。

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ヒューヒュー、ゴーゴーといった擬音語なしでも嵐の恐ろしさ、山の夜の恐ろしさが見事に描かれていると思った。

遭難後に残された教師達は遭難記念碑建立のために奔走する。そして登山を通した人間形成という実践教育は今も長野県で脈々と引き継がれているとのことだ・・。

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それにしても、この本を読んだ日に、北海道の山で同じように夏山での嵐の遭難事故が起きてしまった。

フリースにゴアテックス、軽量なテント、ツェルト、携帯電話など装備がいくら発達しても、中身は身一つの人間だ。

今回もガイドや、主催者は責められるのだろうけど、自然を前に安全はありえないことを肝に銘じておかないといけないなあ。
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2009年07月05日

剣岳<点の記>

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剣岳<点の記> 新田次郎著

新田次郎の作品は、高校生のときに「孤高の人」を読んで、加藤文太郎というヒトの存在を知り、単独行という言葉を知ったのが初めてで、その後「八甲田山死の彷徨」や富士山測候所を中心とした短編集など、好んで読んでいた。

新田次郎その人が気象台の職員で公務員だったことから、同じ公務員で剣岳に公務(測量)として初登頂した主人公(柴崎芳太郎)について小説を書くことに思い入れがあっただろう。

ただ、あとがきを読むと、このテーマは新田氏自身が選んだというよりは雑誌社の担当者に勧められ、最初は資料も担当者が集めたという。

その後新田氏も剣岳に登山し、小説にまつわる地にも足を運んだそうだ。

この小説は、同じ公務員を描くということから緻密な取材をし、史実に忠実に描こうとして執筆したのだろうと思った。

ただ、それだけに、逆に読者の想像力をかき立てるような描写が少ないと思った。

「八甲田山・・」や、「聖職の礎」など自然描写がうまくて、まるで遭難現場のその場にいるような自然のおそろしさ、人間のちっぽけさを考えさせてくれるような作品を期待していたのだけど。
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2009年05月13日

スタア 清水義範著

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スタア 清水義範著

清水さんは名古屋市出身の小説家で、いろんなジャンルの著書がある。取材が緻密で文章がうまい。プロの書き手だなあと感じることが多い。

読んでいても失望することが無い。安心できるのだ。重松清に通じるものがあるなあ。

この小説は、10年前はアイドルだったけど、その人気にも陰りが見え始め、それでも芸能界に身をささげようとする、その世界の魔力に取り付かれた女優の生き様を描いている。

10年ほど前の著書なのだけど、その女優の心情を描くのに、女優が自分で更新しているホームページの「ダイアリー」を利用している。今ならブログになるのだろうけど、斬新だ。

芸能界に入ったヒトならきっとこんな風に世間を見るのだろうという、業界の空気が上手く表現されていると思った。業界人同士のおとしめあい、嫉妬ってあるのだろうなあ。

で、ハダカになって今は謹慎中の業界人の今後のことなどを考えてしまった。面白い小説です。
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2008年10月15日

本「メディアバイアス あやしい健康情報とニセ科学」

今朝も農薬入りの冷凍食品を食べて入院したという新聞記事が載っていた。

ジクロルボスという農薬が基準の3万倍にもおよぶ濃度で混入していたという。きれいにパックした商品であれば安心、というような先入観は捨てたほうがいいと思うが、かといって、〜産、〜製はすべて危険、というような先入観も問題だ。

今回のような濃度の混入は、冷凍餃子と同じように何者かが故意に農薬を混入させたと考えたほうがいいと思う。




この本の中で、著者は例えとして、部屋の中で金庫が置いてあり、その中に1万人を死にいたらしめる青酸カリが厳重に保管されている。その横にアルコール分40パーセントの4リットルの大きなペットボトルウィスキーが置かれている。

どちらが危険でしょうか。

というような問題を提示している。

金庫は、中にどんなに危険なものが入っていても厳重に管理されていれば開けることが出来ない(←だから毒は使われることがない)。しかしウィスキーは気軽に飲むことが出来る。

下手をすると深酔いして健康を害することもある。

今回の件は「厳重」に保管されていたはずの金庫の中の猛毒がなぜか食物に混入してしまったということだろう。『事件』として警察が早期に捜査すべきと考える。
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2008年07月14日

本二冊

図書館に週に一回ほど通って本を借りるんだけど、ブログネタになるような本はなかなかない。しかし、今回は面白かった。

地震は妖怪 騙された学者たち (講談社プラスアルファ新書)島村英紀著
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日本を代表する地震学者の書いた本。机上で考えられた地震のメカニズムが実際に本当に起きているのかどうか観測する難しさを紹介している。

採取されたデーターの分析、解読の困難さを自身の経験のエピソードを交えて面白く書かれている。

一つの例・・

地中に作られたトンネルに地殻の傾斜の変化を測るために「水管傾斜計」を設置する。これは非常に精度の高いもので、どれくらいの精度かというと、東京から名古屋までの距離の長い棒を置いたとして、名古屋でその棒の下に十円玉をひとつはさんだだけ持ち上げるくらいの傾きさえ知ることが出来るほどの精度だという。

この傾斜計を持つ観測点が日本各地にあるんだけど、西日本の観測点だけのデーターが異常を放ち始めた。

・・なにか地殻変動の前触れか?・・と思いきや、「水の中で繁殖するカビ」が原因だったのだという。

データーを読む難しさがよくわかるエピソードだ。理論をかざすのはいいが、実践するのは難しいことがよくわかった。

また、著者らは地震メカニズム解明のため地球の反対側にもはるばる足を運んで海底地震計を設置して調査している。極地に近いような厳しい条件下で観測するのには危険なことも多くサバイバル技術も持っていないといけない。しかし、こんな非現実的な場所でとられたデーターが学問的には大きい意味をもつこともあるので研究は止められないんだよ・・と言う声が聞こえてきそうだった。

追:島村氏の本の132ページに「地球の自転が毎年0.86秒ほど遅くなっている。」とあるけど、いくらなんでも違うと思う。それでは、4200年で一時間自転が遅くなることになる。実際には100年で1.7ms ほどみたいです。
http://q.hatena.ne.jp/1186389321

不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス宮嶋 茂樹、勝谷誠彦著
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天候の厳しい場所の科学観測、研究といえば南極観測が一番だろう。おなじみ「不詳宮嶋」氏が南極観測隊に同行して科学観測隊の裏側を覗く。そこにあった、男だけのありえない世界を紹介している。

宮嶋氏は外界からの「写真家という身分のお客さん」ではなく、自然に(必然的に)観測隊一行に溶け込んで、数ヶ月間苦楽を共にすることになる。そういう寝食を共にした関係でないと味わうことの出来なかった感動が素直に書かれている。

ところで、南極といえば均一に寒い大陸と思っていたのだけど、これが、沿岸と内陸では気候条件がかなり違うという。内陸では緯度、高度が高いこともあり(4000m)、沿岸より平均気温が数十度も低いのだ。この内陸の観測点基地(ドーム基地)に向かう旅は苛烈なもののようだ。この旅が今回の滞在のメインイベントであった。

現代においての極地の運搬事業は、以前と比べ快適になったというイメージがあったんだけど、これが大違い。南極という場所は南極条約によって一切のゴミを出してはならないために、自分、いや他人の糞尿さえドラム缶に入れて保存しなければいけないので、その処理だけでも大変なのだ。

到達地点のドーム基地で、観測者たちは自分も実験台(被験者)になって観測も続けている。零下40℃の厳寒の観測地で人体の生理を計測するために直腸体温計を入れて生活する観測者。。

笑えるなあ。

裏表紙の写真はいただけません。食事中に子どもに見られて、変な顔をされてしまった(笑)。
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2008年05月08日

重松清「卒業」


GWに読んだ本。
手ごろな大きさの文庫本で、山のキャンプ、外食のときの空き時間、レースの待ち時間によく読んだ。

重松清は僕より少し年下になるのだけど、ほぼ同じ世代なので書いている内容ー家族、暮らし、介護、悩みなどーが、自分に通じる部分が多くて共感できる。

この本は4つの小説が載っているけど、いづれも死、別れなどをテーマにして書かれていてそれにまつわる家族内の葛藤、世代間の行き違いをどうやって乗り越えるかという問題を読者に投げかけていた。

並みの心理学者や、医者、カウンセラーに相談するよりも、こんな小説を読んだほうがよほど悩み解決に繋がることもあるんじゃあないかな。

入試などでよく使われる作者だけに、文章も、テーマも、構成もしっかりしていて教科書的だった。でもオススメです。

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2008年03月11日

この頃読んだ本

生きかた下手(団鬼六)
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エロ小説の大家、団鬼六の自伝。破天荒な人生を送った著者だけど、彼の親からそんな血が流れていたのだと思った。明治時代の人間というのは厳格なヒトが多かったというイメージだけど、実際には経済的に成功して恵まれればすぐに愛人を作って帰宅しなかったりすることが当たり前だった。そんな家庭環境で鬼六氏も育ち、自分も教師から売れっ子のSM小説作家になって財を築いたのだが、バブル崩壊で無一文になった。しかしまた再起をはかっている。一筋縄ではいかない図太い人生を感じた。昔人間の本性はこんな本を読むとわかると思う。「〜の品格」は理想世界の話だと思う。

7days in BALI(田口ランディ)
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最近ハマっている作家の実験的な小説。きっと批判が多いと思う。なにが言いたいのかわからない、解決されていない、というようなものが多いのではないだろうかと思うけど、これはこれでいいと思った。抽象的な絵画を想像させるような文章がすごいです。

医者が末期がん患者になってわかったこと(岩田隆信)
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脳外科の医師が自分の専門領域の脳腫瘍になった。しかも最悪の悪性腫瘍で、予後は1年。さあどうする。実際にあった話とは思えないくらいの恐ろしい話だ。MRIの撮影でがんの再発がわかったときの気持ちはどんなだったろう。手術を受けるときに、彼は自分の今所属しているS大学ではなくて、出身のK大学を選択した。このときの葛藤を考えるだけでもすさまじいなあ。日々病気が進行していく中で日記に著者が後でその時思っていたことを加えて書いてあった。著者は亡くなってしまったのだから当然途中で終わってしまっている。最期はどうだったんだろうか。なんと彼は死後自分の臓器を移植に使ってもらったのだという。冷酷な運命の中でも医者としての科学の目を失わずにいたのはすごい。
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2008年01月19日

田口ランディという人


すごい人がいるもんだ。ひさびさにはまってしまった。
「ランディ」というネーミングで、損をしているなあ。このネーミングはどうしてされたのだかまだわからないのだけど、この人、すごい。

昨年末に柳美里さんの小説を読んで衝撃をうけたけど、この人の人生もすごいな〜

自分は所詮頭でしかモノを考えられないが、彼女らはカラダ(というか、内臓)で考えているんじゃあないだろうか。本音、というかすべてをさらけ出した上で、読者に問いかける。




今2冊目なんだけど、どんどん読んでしまいそうだ。
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2007年11月08日

私はいつでも山に登りたい

田中澄江著
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戦前から戦後、国の事情、家庭の事情で山に行きたくてもいけなかった著者は、それでも山にあこがれ続け、立山〜槍ヶ岳〜上高地という長大な山行をなしとげた。このときの婦人誌に投稿した登山記をまとめたもの。

・・・・続きを読む
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2007年10月23日

この本はちょっと・・

この国のけじめ
藤原正彦著
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著者は小説家、新田次郎の子息で東大卒の数学者ということで興味があって読んでみた。「国家の品格」というベストセラーも出している。しかし、、僕にはちょっと・・続きを読む
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2007年08月08日

データーはウソをつく

この間栄をうろうろしていた時本屋によってつい買ってしまった。
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データーはウソをつく 谷岡一郎
・・続きを読む
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2007年07月31日

リアルワールド


寺の一日修行や、会合、飲み会などで例年になく忙しい。お盆まではなかなか休めない日々が続いています。そんな中でも、図書館通いは続いて、最近は小説一冊にカメラ関係の雑誌(アサヒカメラなど)一冊というような感じで借りている。

この間は桐野夏生著「リアルワールド」という本を借りた。
続きを読む
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2007年05月22日

図書館は休み

5月中盤は毎年図書館が長期休みとなる。今年は5月14日から24日の10日間(!)。図書の整理、製本などを行うとのことだけど、10日間の休みとはねえ・・この時に年休を取って旅行なんかをするんじゃあないかと思ってしまうのだが。この期間をまたいで本を借りると普通では2週間の返本の期日が、3週間以上になるので、太い本を借りることにした。
宮部みゆき
理由



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2007年02月09日

石ころだって役に立つ

関川夏央(なつお)という作家の作品。
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著者は1949年生まれだから、僕よりは10歳ほど年上だ。この本には、社会にも個人にも金はないが夢はあったという彼の若かった時代(昭和30年代)をどういう風に生きてきたか、それが40年後の21世紀までどのように変遷してきたか述べられている。
難しい本を読んで、難しい顔をしている人もいたが、最近は軽い本が増えてきている。自分の生きた時代を数編の短編にしてわかりやすく描いていて読み応えのある本だと思いました。
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2006年11月22日

娘に語るお父さんの歴史

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子供A(小学生)の塾の国語の長文読解問題に時々「重松清」の文章が出題される。どうゆう小説家か知らなかったんだけど、読みやすい文章に興味が出たので、ちょくちょく読むようになった。読みやすくて明瞭な文章は教科書や試験に使うにはもってこいなんだろうなあ。

今回は新書の「娘に語るお父さんの歴史」を読んだ。



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posted by ashuken at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする