2016年10月24日

平戸で宗教について考える

この週末は、福岡で学会があったので、その帰りにもう一日九州を旅してみようと思い立った。自分の専門分野だけが勉強ではない、周囲を取り巻く環境や、その歴史を考えるのは旅行という非日常な体験がいいきっかけになる。
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しかし、その前の週の半ばから咳、鼻水、のど痛などのカゼ症状がでて、この旅行は絶不調の真っただ中だった。
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博多の街のショーウィンドーのピエロをじっと見ていたら、なんだか風邪によってボーっとした頭がさらに変になってちょっと次元が変わってしまったような錯覚に陥った。
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で、学会のあと、レンタカーで平戸方面に向かう。これは平戸大橋だけど、日本海から吹きつける強風で撮影しようとしても立っていられないほどだった。もう日がほとんど沈み、夕陽の写真は撮れず。。
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今回借りたレンタカー。24時間で1万円弱。二人で旅行なら、バスやJRなどよりかなりお得になるだろう。
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で、福岡でさらに、ミニベロをレンタルして旅先でサイクリング〜♪っと行きたかったけど、体が絶不調+超強風で、結局一回も乗らず・・
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ま、しかたない。ある程度のカラ回りは旅にはつきものだ。天気が良かっただけでもよし、としよう。
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翌日、平戸の朝。まだ元気はないけど、なんとか早起きして散歩をする。
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平戸城の向こうから日が昇ってきた。何百年も前からこの景色は変わらないのか。
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江戸時代の初期にキリスト教が西欧から伝わったという。しかしそれまでにあっただろう寺院と仲良く共存している。
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しかし、教会はその寺院を見下ろすように建てられている。建立時に西欧人は土着の文化や宗教をどのように思っていたか。日本人を「救う」という高慢な目的があったのかもしれない。
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宗教を隠れ蓑にした諸外国の侵略構図は南米や東南アジアなどを見れば明らかだけど、日本ではどうだったのか。現在中東で紛争を巻き起こしているグループのような「偏狭な世界観や、思い上がった優越感や、他人に対する無神経な押し付け(村上春樹)」はなかったのか。同行者と歩きながら話す。でも振り返れば何百年の時の流れに埋もれて、二つの寺院、宗教ともに日本流にアレンジされ丸くなり人々の心の中に、穏やかな日本の自然の中に、また街並みに溶け込んでいた。
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その後、レンタカーで平戸島に近接した生月島に渡る。
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変わったデザインの橋が島を結んでいた。
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突端の灯台を目指す。島の西北部は断崖絶壁だ。
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荒れた海を進む船を見る。その昔、こんな海を渡り何万キロも離れたヨーロッパから宗教を伝えに来たヒトがいるのか。信心深いといえばかっこいいけど、言い方によっては狂信的ともいえる。
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灯台の下の広場から絶壁の下をのぞくと
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自然の脅威に向かって咲くきれいな花があった。何百年あとには日本の人口は半分以下になっているという。そのとき、この場所はどうなっているのか。結局宗教、経済、文明というヒトの営みは自然の時間の中では一瞬であり、ひとかけらの砂粒が風に舞うようなものだろう。
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帰りに佐世保に寄ってみた。米軍の基地がしっかりと存在していた。しっかりとした関係と思っている国でも何かあればまた仲たがいをする。歴史や文化の違い、お互いから見える景色の違いを認め合うことが大切なんだと思った。



posted by ashuken at 17:35| Comment(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

国境の南、太陽の西

この間読んだ、「スプートニクの恋人」と似た感じの内容だった。村上さんの心の中の女性観が出ているのだろう。書かれた時期的にはどうなんだろうか、調べようとも思わないのだけど。
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思春期に異性との関係に目覚めるのは第二次性徴の速さからいって女性の方が早いのだろう。そのころにクラスで目立つ女の子になんとなく好意をいだき、一緒にいたいという夢を持つのはごく自然なことだ。
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そんなまだまだ幼い時期のいわゆる初恋の思い出を大人になっても心の奥に持ち続ける主人公。
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結婚しても時に押し寄せるそんな思いを抱いたまま、突然その初恋のヒトが目の前にあらわれたらどうなるのだろう。でも、はたから見れば、それは、「浮気」という下卑た言葉に置き換わるのだろう。
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不倫は文化っていう人もいたけど、確かに村上さんに書かれると、これも文化だなあという気持ちになる。
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浮気を妻に問い詰められて、主人公は、こう答える。「遊びというようなものじゃない。でもそれは君が考えているようなものとは少し違うんだ」。。
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長い人生の中で、男女が出会い、付き合い始めて、結婚して、子供が生まれ、育てて仕事をして暮らしていく。でも、本当の自分はそうじゃないという気持ちは誰もが持っているのかもしれない。それは小説を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたり、アニメを見たり、あるいは、初恋の人に偶然出会ったりしたときにも思うこともあるのだろう。
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そんな心の葛藤を文学的にうまく表現してあるっていう作品といえるだろうな。この小説も子供Bに文庫本を借りて読んだ。小説の始まりの10代〜20代の主人公と後半の主人公が、今の子供Bと自分を照らし合わせているようで、妙な気持になって読み終わった。
posted by ashuken at 21:45| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

スプートニクの恋人

この間、仕事で関東方面に泊りで行くことがあり、新幹線の車内での暇つぶしにいい本はないかと、子供Bに聞いたところ、この本を紹介された。
実は、この本は7,8年前に図書館で借りて読んだことがあったのだけど、その時には子供Bは小学校だったと思う。それが、7,8年たって、こんな大人の本(小説)を、2階の自分の部屋から持ってきて、「手軽に読んで面白いなら、この辺りだなあ・・」と、セロファンのカバーで汚れないように大切にしているものを貸してくれたのだ。
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久しぶりの村上春樹の小説だけど、あいかわらず面白くて、味わって読み進めた。
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村上さんの小説の文章の段落ごとの味わいは、音楽、特にジャズでの一音一音が連なるフレーズの面白さと同じ感覚だ。そして、物語の展開では、主人公が誰かもわからないところから始まり、その後だんだんと物語の筋道が見えてくるというのは、ジャズの即興演奏で、終わりも考えずに演奏を始めたプロがお互いに掛け合いをしながら盛り上げてやがて終局に持っていくような感覚に似ていると思った。
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そんな小説にある「性的」な描写からは、動物が本来もっている子孫繁栄のための行為とは別に、ヒトの世界には、男女を問わず、同性間においても言葉による気持ちのつながり合い、交わり合いによる「性的」な関係のような悦びを感じるだろうということを小説の長い長い文章の中から現実的なものとして浮かび上がらせようとしていた。
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それにしても、20歳の大学生の子供Bがどれくらいの気持ちでこの本を読んでいたのかは知ることもないのだけど、今度酒でも酌み交わしながら話をしてみようかなあ、と思った。
posted by ashuken at 23:28| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする